ファウル!




「あべー」
「なんだよ」


これだけの会話が、もうかれこれ10回は続いてる。
あたしが意味もなく阿部のことを呼べば、阿部は絶対に返事をしてくれる。 なんて優しいんだろう。みんなは恐い恐いっていうけど、それは阿部を知らないからだよ。 きっと阿部はもうとっくにわかってるはず。あたしが阿部のことを呼んでるのには、なんの意味もないんだ、って。 でも阿部はちゃんと答えてくれるんだ。(やっぱり優しい!)

冬の午後、学校帰り。
まだ夕方なのに、もう空はまっ暗。 冷たい風が頬にあたって、少し痛い。
あたしは少しうつむいて、マフラーに顔を埋める。 ちら、と少し前を歩く阿部を見ると、(マフラーだけで寒くないのかな、) 阿部は白い息をはいて「さみ、」と呟いた。(あ、やっぱり寒いんだ)(かわいい)


「あべ、」


阿部とあたしが付き合いはじめて、だいたい2ヶ月半。
告白したのはあたしの方で、たぶん、最初にすきになったのもあたし。
今日だって、水谷くんに今日の野球部はミーティングだけって聞いたから、 「一緒に帰ろ」って(not強引)(と信じたい)誘ったのもあたしだった。 それがいやなわけじゃないけど、せめて阿部の口から、すき、って聞きたいの!(ゆきちゃんに言ったら、無理だね、って即答された)

本当に言われたら、あたしはきっと、何も言えなくなっちゃうんだろうけど。


「…なんだよ」


どれだけ阿部の名前を呼んでも、阿部がそれに答えてくれても、なんだかあたしばっかがすきみたいで悔しい。


「あ 「なぁ、」


突然、あたしの声を遮って、阿部があたしを呼んだ。
久しぶりに聞いた(ような気がした)あたしを呼ぶ阿部の低くて脳に響く声に、不覚にもきゅん、としてしまったのも悔しい。


「、なに?」
「…なんでもねぇ」
「なにそれ!」


そうやって焦らされるのが、あたしは一番苦手。
(自分がされて嫌なことを他人にやってはいけません!)(なんて、小学校のとき先生が言ってたなぁ) 気になって気になって、振り向きもしない阿部をじっと見つめる。


、」
「(わ、2回目、) な、に?」
「……」
「阿部?」
「…ぷっ」
「え?」
「あははははっ」


阿部は、お腹を抱えて笑い出した。(ちょ、失礼だと思いませんか奥さん!)


「なに?!」


そして、にやりと不敵な笑みを浮かべて言った。


「ばーか、さっきの仕返し」

「!」


あぁ、だからあたしは、この人のことがだいすきなんだ。

なんだか無性に阿部が愛おしく思えて、 まだ笑いながら( く や し い !!)少し前を歩く大きな背中に、 どん! って体当たりして、そのまま抱きついてやった。


(う、わ、)


その大きい背中はびくともせずに、しっかりあたしを受け止めてくれた。


、」


足を止めたまま、阿部は振り向かずに、呟くようにあたしを呼んだ。
いつものように苗字じゃなくて、名前で呼ばれたから、あたしの顔は少し熱くなる。(不意打ちなんてずるいよ、阿部) だけど、その動揺に気付かれたくなかったから、あたしは余裕ぶっこいて答えてあげた。


「なーに? 隆也くん」






「すきだ」






…ねぇ、お願いだからそんなこと、そんなかっこいい顔で言わないでよ。
もっともっと、阿部のこと、すきになっちゃうじゃん、ばか。




(顔を見られたくなくて、阿部を抱きしめる力を強くしたら、阿部は笑いながらあたしの手をにぎってくれた)